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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)2774号 判決

原告

川島愼一

被告

前出工機株式会社

右代表者代表取締役

堀川豊弘

右訴訟代理人弁護士

長島良成

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

1  被告が昭和六二年二月二日原告に対してなした解雇が無効であることを確認する。

2  被告は原告に対し、昭和六二年二月二日以降毎月金二二万八〇〇〇円を支払え。

3  被告は原告に対し、金四六万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年九月五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、通常解雇された労働者が、解雇が無効であることの確認と、解雇以後の賃金の支払い及び解雇以前に一方的に賃金を減額されたとして減額分の賃金の支払を求めた事件である。

一  争いのない事実

1  被告は、各種消火器の販売、消化装置工事の請負等を目的とする会社であり、原告は昭和五八年一一月一二日右会社に採用され、保守点検等の業務に従事してきた者である。

2  昭和六二年二月二日、被告は、労働基準法二〇条前段及び就業規則一五条により、原告を解雇する旨の解雇通知書を原告に交付した。

解雇理由として右通知書に摘示された点は次のとおりである。

〈1〉 保守点検等業務量も減少しており人員合理化の必要性があるので、扶養家族のない者、消防設備士の資格のない者という条件を満たす者から解雇することとしたが、原告はこれに該当する。

〈2〉 原告と被告との間に昭和六一年九月三日に提訴された訴訟(大森簡易裁判所昭和六一年(ハ)第一〇五六号未払賃金請求事件、本件昭和六二年(ワ)第一二三八〇号事件)が継続中であり、両者間に信頼関係がなく、今後雇用を継続しても当事者双方に不利益である。

〈3〉 右訴訟は、二年七か月も遡及して提訴されているが、このようなことでは安心して原告を業務につかせられない。

〈4〉 各管理者に配属を要望するも職場の人間関係上拒否され、原告に適合する職場がない。

〈5〉 社外に対し会社の品位、信用を傷つけるような言動があった。

3  原告は昭和六二年二月二二日以降の賃金の支払を受けておらず、当時の原告の平均賃金は一か月金二二万八〇〇〇円であった。

4  原告が被告に入社した際の一か月の賃金は金二一万円であったが、昭和五九年二月からは月額金一万五〇〇〇円減額され、月額金一九万五〇〇〇円となった。

二  争点

1  本件解雇が有効か否か。

2  賃金の減額につき原告と被告との間に合意があったか否か。

第三争点に対する判断

一  本件解雇の有効性について

(証拠略)によれば、被告会社の就業規則(一五条)には、〈1〉身体又は精神に支障があり業務に耐えられなくなったとき、〈2〉欠勤・遅刻・早退が多く勤務状態がはなはだしく不良のとき、及び作業能率が著しく劣り業務習得の見込がないとき、〈3〉不都合な行為のあったとき、〈4〉会社のやむを得ない都合によるとき、〈5〉その他前各号に準ずる程度のやむを得ない事由あるときは、通常解雇ができる旨定められていることが認められる。

そして、(証拠略)によれば次の事実が認められる。

1  被告の決算は、第二七期(昭和五八年一〇月一日から昭和五九年九月三〇日)は金四一万五四五八円の黒字、第二八期(昭和五九年一〇月一日から昭和六〇年九月三〇日)は金一二五万六二六八円の黒字と被告程度の規模の会社としては赤字転落すれすれの状態であったものが、第二九期(昭和六〇年一〇月一日から昭和六一年九月三〇日)には金八七七万二八七八円もの赤字を計上し、本件解雇当時の被告の経営状況は、早急に大幅な改善策が実施されなければ短期的に危殆に瀕する状況であった。

右のように収支が赤字に転落した大きな原因の一つは、東京ガス関連の消火器薬剤の詰替作業が激減したことにあった。すなわち、東京ガスでは、昭和五九年ころから従業員訓練の一環として、各従業員に一回づつは実際に消火器を使用させる訓練を実施することとなり、被告会社がその充填作業を担当していたところ、訓練開始当初は一か月最大一一八〇本もの詰め替え本数があり、通常でも毎月五〇〇~八〇〇本程度の詰め替え量があったものの、訓練が一巡した昭和六〇年の終り頃からは一か月数十本程度にまで減少し、更に昭和六二年度からは定期的な訓練に必要なだけとなったために、一か月に一〇数本程度までに減少するに至った。当時被告の年商が四億円程度だったうち、東京ガス関連の売上高が五〇〇〇~六〇〇〇万円は下らなかったもので、それがほとんどなくなってしまったのは大きな痛手であった。

2  被告は、原告を専属的に東京ガス関連の作業に従事させてきたものの、消火器詰替作業は消防設備士の資格を有した者と共にしなければならなかったため、当時嘱託で勤務しその資格を有する訴外若生耕太郎をチーフとし、同人の補助者として原告も作業するというものであった。そして、右作業は一日二人専属で三〇本程度を処理するのがせいぜいであったから、昭和六〇年三月から七月ころのように月間七〇〇~八〇〇本あったような時には月間の勤務日数が二二日程度だったことに鑑みてもその処理能力に見合う仕事量があり、二人を専属させておくに足るものであった。しかし、昭和六〇年終り頃からのように月間七〇~八〇本程度になれば、大体二、三日で仕事が終わってしまうこととなり、到底二人を専属させておくに足るだけの作業量はなくなってしまった。

3  東京ガスの消火器詰替作業の減少にともない、被告は、前記若生については、同人が定年退職後で一年毎に更新する嘱託勤務であったことから、それ以後の嘱託関係の更新を打ち切った。

また、原告に関しては、昭和六〇年一一月からは戸塚事業所に配置転換して商品の配送や保守点検のアシスタントをしてもらう等他の職場に配置して同人がうまく馴染むところを探したものの、原告は究めて口数が多く、組織作業を乱す原因となっていたばかりか、当時原告は被告会社に勤めていたことのある訴外斉藤亮三を相手に訴訟を提起し、右訴訟が係属中であったところ、他の社員に対し仕事中度々その訴訟の話をしたり、四六時中会社や他の社員の悪口を話しているので、他の社員らの間では次の訴訟対象とされたのではたまらないとの不安がひろまり、上司から本社に対し、原告を戸塚事業所から出すように要求されるに至った。また、それ以前にも、昭和五九年一〇月当時、原告は品川区に設置されている三〇〇〇本の消火器の日常の保守維持管理の業務についていたが、区の方から被告に対し、原告を担当から外さないと被告の区への出入りを止めさせるとの連絡が入ったので被告が驚いて調べてみると、原告が被告と区の防災課の担当者とが癒着しているとの風評を立てていることが判明したので、被告の信用にかかわる問題であるとして、原告を品川区の仕事から前記東京ガスの仕事に配置替えしたという経緯があったことなどから、結局はどの職場の上司からも原告の配属を拒否されるという状態が生じた。そこで、被告はやむを得ず原告を昭和六二年一月五日からは社長室勤務とし、実質的な作業には就かせないでいた。

4  そのような状況の中で、被告は、前記経営状況から経営の合理化とそのための人員削減を計ることにし、営業部門は削減できないので、仕事の減った保守管理部門の人員を削減することにしたが、その基準は会社にとって合理的であるばかりでなく、社員にとっても最も影響が少ないように、〈1〉扶養家族のない者、〈2〉消防設備士の資格のない者から順に対象としていくことにしたところ、当時保守管理部門を担当する業務部に所属する社員一〇人のうち右基準を満たすものは原告一人であった。そこで、右基準に合致するという点のほか、前述のように原告の場合は他の職場につけることが極めて困難であることなどを考慮し、原告を就業規則に基づき通常解雇した。なお、原告を解雇した当時、被告の社員は二一名(他に役員四名)であり、そのころ経理担当の女子事務員二名が退職したが、経営の合理化のために補充をしないということで対処した。

以上の事実からすれば、原告の本件解雇は前記就業規則にいう「会社のやむを得ない都合によるとき」に該当し、他に解雇権の濫用を窺わせるような事実も見当たらないので、本件通常解雇は有効というべきである。

原告は、被告が原告を解雇したのは、原告が本件未払賃金請求訴訟を提起したためであるところ、右訴訟の提起は権利の正当な行使であり、これを理由に解雇することは権利の濫用である旨主張するが、右未払賃金請求自体その理由がないことは次に認定のとおりであるばかりでなく、本件解雇は原告が右訴訟を提起したこと自体を主たる理由としたものでないことは右に述べたとおりであるから、原告の右主張は理由がない。

二  賃金減額の合意について

賃金の減額につき原告の同意があったか否かを判断するに、(証拠略)によれば、被告は昭和五八年一一月一二日に原告と雇用契約を締結したが、その際両当事者間において、三か月は試用期間とするとの合意がなされていたところ、その後の勤務状況から原告の能力が被告の期待に添うものでないことが判明したため、被告代表者は原告を正式採用するかどうか決めるに際し、昭和五九年一月一八日に原告を社長室に呼び、賃金月額金一九万五〇〇〇円で良ければ正式採用するがそうでなければ正式採用しない旨説明したところ、原告は右減額に同意し、その結果原告は同年二月一二日に正式採用されたものであることが認められる。

(裁判官 高田健一)

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